発掘調査によると縄文時代の日本人は、虫歯を平均1~3本持っていました。この頻度は、室町時代に「4本」になるまでほぼ一定でした。縄文人の虫歯の特徴は「根の部分の虫歯が多い」ことで、植物質の摂取が多く歯の手入れをしないから根の部分が不潔域になった、という推測がされています。

古代中国では「虫歯は歯虫が歯質を食べて壊すことで発生する」と信じられていました。なんでも「頭が黒い、長さは六~七分の虫」だそうです。誰が見たんでしょうねえ?
室町時代頃から「口中医」が仕事をするようになります。口の中の疾病を専門とする医者ですが、入れ歯製作はしていなかったようです。
江戸時代の庶民の「歯痛対策」は「願掛け」でした。奉納された絵馬にその願いが残されています。あとは、まじない・灸・様々なものを口に含む民間療法もありました。平安時代~江戸時代に歯周病は「歯草(はくさ)」と呼ばれていました。もとは「歯瘡(はくさ)」だったのかもしれません。単に「歯が臭い」だったのかもしれませんが。

縄文時代から「抜歯」(健康な歯を抜く風習)がありましたが、弥生時代になくなっています。ただ「お歯黒」はその文化的な継承者なのかもしれない、と著者は考えています。江戸時代には、無麻酔だったりあるいは麻酔薬を歯茎に塗ってから抜歯をする人たちがいました。弓矢とか鉄棒と木槌とかで抜歯が行われていましたが、明治直前に西洋の歯科技術が導入されると、あっという間に西洋流が日本に根づきました。